【暴露】成功者が多いはずなのに、なぜ苦しむ人が多いのか|元内部リーダーの私が見た事業家集団

暴露!事業家集団環境 事業家集団実態
事業家集団環境で苦しむメンバー

「事業家集団には、結果を出している人がたくさんいる」

私も在籍していた頃、何度もそう感じていました。

実際、会社員とは違う生き方をしている人、事業を持っている人、経済的に余裕があるように見える人、何年も継続して結果を出している人はいました。

だから最初の頃の私は、

「ここで学び続ければ、自分もいつかあちら側に行ける」

と本気で思っていました。

私は約3年間在籍し、途中からは内部でリーダーという立場にもなりました。

外から眺めていただけではありません。

人を誘う側にもなったし、後輩の相談を聞くこともあった。頑張って変わっていく人も、思うような結果が出ずに苦しんでいく人も見ました。

そして辞めた今だからこそ、ずっと引っかかっている疑問があります。

「成功者が多いと言われる場所なのに、どうしてこんなに苦しそうな人も多かったのだろう?」

今回は、当時は後輩には言えなかったこの疑問について書きます。

※これは私自身の約3年間の経験を振り返った個人的な記録です。すべての参加者や活動について同じことが当てはまると主張するものではありません。


成功者を見ているうちに「自分もできる」と思うようになった

私が最初に惹かれた理由の一つは、とにかく前向きな人が多かったことです。

「人生を変えたい」

「経営者になりたい」

「会社だけに依存したくない」

そんな話を真剣にしている大人たちがいました。

普通に会社員をしているだけでは出会わなかったタイプの人たちです。

そして、その先には「成功者」と呼ばれる人たちがいました。

話には説得力がある。

行動力がある。

自信がある。

自分よりずっと先を走っているように見える。

そんな人を目の前にすると、

「自分がうまくいっていないのは、まだ努力が足りないからだ」

と思うのは自然なことでした。

結果が出ない。

だったらもっと動く。

それでも結果が出ない。

もっと人に会う。

もっと学ぶ。

もっと自分を変える。

この繰り返しです。

成功者の存在は希望になります。

しかし、今振り返ると、その希望が強ければ強いほど、別の側面もありました。

「成功している人が実際にいるのだから、できない原因は自分にある」

そう考えやすくなっていたのです。


【暴露】一番しんどかったのは「頑張っているのに足りない」と感じ続けること

誤解してほしくないのですが、努力すること自体が悪いとはまったく思っていません。

むしろ私は私は、事業家集団にいた3年間でかなり鍛えられました。

行動力もついた。

人と話す力も以前より身についた。

自分の人生について真剣に考えるようにもなった。

これは辞めた今でも否定するつもりはありません。

ただ、一番苦しくなるのは、

「努力したかどうか」ではなく、「結果が出るまで努力不足が終わらない」状態になることでした。

10人に会ってダメなら30人。

30人でダメなら50人。

行動してもうまくいかなければ、

「やり方が悪かったのでは?」

「素直に実践できている?」

「本当に決めている?」

「覚悟が足りないんじゃない?」

そんなふうに、自分の中に原因を探していく。

もちろん、事業では自責の考え方は重要です。

何でも他人のせいにしていて成功できるほど、商売は甘くありません。

私自身、この考え方には今でも賛成しています。

でも、自責には怖いところがあります。

自責と自己否定は、似ているようで全く違うからです。

「次はどう改善しよう」

なら健全です。

しかし、

「結果が出ない自分はダメだ」

になった瞬間から、努力は成長ではなく自分を追い詰めるものになってしまいます。

私が見てきた中でも、その境界線が分からなくなっているように見える人はいました。


成功者が近くにいるからこそ「比較」が終わらない

これも皮肉な話です。

成功者が身近にいるのは、本来なら素晴らしいことです。

ロールモデルがいる。

質問できる。

考え方を学べる。

しかし、同時に比較対象も常に目の前にいます。

「あの人は結果が出ている」

「あの人は自分より後に始めたのに進んでいる」

「私は何年やっているんだろう」

SNSだけなら画面を閉じれば終わります。

でも、自分が所属しているコミュニティの中での比較は、そう簡単ではありません。

特に周囲が成長しているように見えると、立ち止まること自体に罪悪感を持ち始めます。

休みたい。

でも休んだら遅れる。

今日は行きたくない。

でも行かなければ成長できない。

お金が厳しい。

でも今ここで止まったら、今までの努力が無駄になる気がする。

こうなってくると、

「成功するために頑張っている」のか、「ここまで頑張った自分を否定したくないから続けている」のか、分からなくなってくる。

私はここが非常に重要だと思っています。


「辞めたい」と思った自分まで否定してしまう

私自身、違和感が一度もなかったわけではありません。

当然ありました。

「このままでいいのかな」

「私は本当にこれをやりたいのかな」

と思ったこともあります。

ところが当時の私は、その疑問に対して、

「自分が弱いだけではないか」

と考えることが多かった。

成功したいと言ったのは自分。

人生を変えたいと言ったのも自分。

だったら途中で投げ出したくなる自分がおかしい。

そんなふうに考えてしまう。

これはかなり苦しかったです。

今なら、

「続けるかどうかを考えること」と「逃げること」は同じではない

とはっきり分かります。

事業でも転職でも結婚でも投資でも同じです。

一度決断したからといって、一生その判断に縛られる必要はありません。

状況が変われば再検討すればいい。

でも、その真っ最中にいるとなかなかそう思えないのです。


「結果を出した人」と「まだ結果が出ていない人」を同時に見る必要がある

辞めてから、私が一番冷静に考えられるようになった部分です。

何かを評価するとき、成功した人だけを見てはいけません。

たとえば100人が挑戦して10人が結果を出しているなら、その10人から学べることはたくさんあります。

でも、本当にその場所を理解したいなら、

残りの90人がどうなったのかも同じくらい見る必要があります。

もちろん私は、事業家集団全体について「何割が成功して、何割が失敗した」という客観的な統計を持っているわけではありません。

だから数字について無責任な断定はしません。

ただ、私自身が3年間内部にいた経験から感じるのは、

華やかな結果を出した人だけを見ていると、見えなくなるものが確実にあるということです。

思うように結果が出ない人。

自信を失っていく人。

人間関係に悩む人。

経済的に余裕がなくなる人。

「自分の努力不足だ」と抱え込む人。

そういう人の存在も含めて、その活動の実態だと私は思います。


それでも私は「全部が間違いだった」とは思わない

ここまで書くと、

「じゃあ事業家集団に入った3年間を後悔しているのか?」

と思われるかもしれません。

不思議ですが、私はそうは思っていません。

むしろ、かなり濃い3年間でした。

あれほど自分の人生について考えた期間はありませんでした。

自分から人に会うこと。

挑戦すること。

継続すること。

自分の弱さと向き合うこと。

普通に生活していたら避け続けていたことに、嫌というほど向き合いました。

だから得たものは間違いなくあります。

一方で、

「成長できる場所だった」と「苦しくなる人がいた」は両立します。

どちらか一方だけを語るから、話がおかしくなるのだと思います。

「最高の場所だった」

「全部おかしかった」

私には、どちらも極端に見えます。

良かったこともある。

苦しかったこともある。

成功した人もいる。

結果が出なかった人もいる。

成長した人もいれば、疲れて離れた人もいる。

それが私が内部から見た景色でした。


元内部リーダーになった今、私が思う「成功」の意味

事業家集団を辞めてから、成功という言葉の意味を考えるようになりました。

年収なのか。

事業規模なのか。

自由な時間なのか。

人から認められることなのか。

昔の私は、もっと単純に考えていた気がします。

でも今は違います。

どれだけ収入が増えても、毎日自分を否定しているなら、それを私は成功とは呼びたくありません。

反対に、まだ大きな結果が出ていなくても、自分で人生を選択し、納得して生きているなら、その人は十分前に進んでいると思います。

成功者から学ぶことは大切です。

でも、

成功者の人生を正解にして、自分の人生を不正解にする必要はありません。

私はそれに気づくまで3年かかりました。

事業家集団にいた時間を否定するつもりも、そこで頑張っている人たちを否定するつもりもありません。

ただ、もし今、

「頑張っているのに苦しい」

「結果が出ない自分には価値がない」

「辞めたいと思う自分は弱い」

と感じている人がいるなら、一度立ち止まってほしい。

努力をやめるためではありません。

自分が何のために努力しているのかを、もう一度自分自身で決めるためです。

成功するために始めたはずなのに、成功という言葉のせいで自分自身が壊れてしまったら、本末転倒です。

3年間、中にいた私が今になって思うのは、

本当に必要なのは「成功者が何人いるか」だけを見ることではない。

その場所にいる普通の人たちが、どんな顔をして毎日を生きているのかを見ること。

案外そこに、そのコミュニティの本当の姿が出るのではないでしょうか。

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